龍泉寺(瀧廉太郎の墓)

【瀧廉太郎とその先祖が眠る墓】

 「荒城の月」を作曲した日本の代表的な音楽家・瀧廉太郎。その祖先である瀧家は、代々日出藩の家老などの要職にあった家柄でした。瀧家の菩提寺は数多くの日出藩士が眠る龍泉寺(りゅうせんじ)であり、瀧家および瀧廉太郎の墓が残っています。龍泉寺には廉太郎がドイツ留学時に愛用していた火鉢が残っており、また三の丸には廉太郎の父の生家跡があります。

松屋寺

松屋寺

■日出藩木下家の菩提寺

 松屋寺は、前身を西明寺といい、日出藩初代藩主・木下延俊(のぶとし)が慶長12年(1607)に、祖母の朝日の方(豊臣秀吉の正室・高台院の母)と妻の加賀の法名から「康徳山松屋寺」と改称しました。

 境内には、木下家墓所・日本一の大蘇鉄(ソテツ)・秘宝殿などがあり、雪舟の造園であるといわれている庭園もあります。

日出若宮八幡神社

日出若宮八幡神社

■代々日出藩主に崇敬された由緒ある神社

 日出若宮八幡神社は、千年以上の歴史をもつ日出町でも由緒ある神社です。天徳3年(959)、八津島宮より2親を勧請して建立されました。建久7年(1196)、豊後大友氏の始祖・大友能直(よしなお)が、豊後国7社の1社として崇敬し、新たに社殿を築造し社領を寄進しました。

蓮華寺

蓮華寺

【高野山真言宗 九州八十八箇所 二十四番札所】

 蓮華寺は、浮津密乗院(うきつみつじょういん)と名乗り大神氏の菩提寺だったといわれています。大神氏滅亡後は、大神の愛宕神社の西側にあって円海寺と称していました。

赤松山願成就寺

赤松山願成就寺

 六郷満山における結願寺院

 願成就寺(日出妙見尊)は、養老年間(717~724)、六郷満山の創建者・仁聞(にんもん)が建立したと伝えられる由緒ある寺で、天徳4年(960)空也上人が建立したともいわれています。速見郡に多くの寺院建立の願をたて、最後にこの寺を建立し、願いが成就したことから願成就寺と呼ばれたといわれています。地元の人々からは「赤松の妙見様」と呼ばれ親しまれています。

横津神社

横津神社

【名君三代藩主・木下俊長が祭神】

 町の北側の城山に町を見下ろすように建っている横津神社の祭神は、名君の誉れ高い日出藩三代藩主・木下俊長(としなが)です。俊長は69歳で没する前日に遺言を残し、遺体を横津に葬り儒葬で行うよう言い渡したそうです。

 このお墓は明治3年まで横津御廟といわれ、それ以後は神社とされました。干ばつの年に横津神社に雨乞いの願を懸けると必ず雨が降ったという言い伝えが残っています。