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帆足萬里の墓


 「豊後の三賢」の1人にして日出町の碩学帆足万里の墓

  帆足萬里(ほあしばんり)は、三浦梅園、廣瀬淡窓とともに「豊後の三賢」と称され、江戸時代後期の儒学者・政治家として大いに手腕をふるった偉人です。

 萬里の墓は、日出藩14代藩主・木下俊方の命により、帆足家の菩提寺である龍泉寺西方の小高い丘に、別府湾を見下ろすように日出城に向けて建立されました。

 萬里の墓は大分県史跡に指定されています。

 また、三の丸に帆足萬里生誕の地(現・日出幼稚園)があるほか、南畑地区には萬里が開いた私塾・西崦精舎の跡地に建立された記念碑があります。

帆足萬里の像(日出城址前)

帆足萬里の像(日出城址前)

萬里が開いた私塾・西崦精舎の跡地

私塾・西崦精舎の跡地(南畑地区)

 

[場所]大分県速見郡日出町佐尾
[アクセス]JR暘谷駅より徒歩15分/日出ICより車で5分

[駐車場]付近に2~3台ほど(※大型バス不可)